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皮肉な放射能

7月27日、セシウムが騒がしい。それからつい先日は天下りが集まって突然生まれたような会社と共に、国民のIDを集めてアナログ放送を追いやってしまった。見えない周波数のせめぎ合い。平和と言われる日本で時折見え隠れする不条理な軌道修正が生活に降り掛かかっている。原発事故を受け、政府の打つ対応が全て後手になっていることに苛立ちも絶えないが、皮肉なことにこの日本という国のあらゆる毒が見えてきたのもまた否めない。中でも教育における責任は何よりも重大なものだ。国に都合の良い民を作ろうという考えは、ある意味自然といえば自然だが、本来は民が幸せであることが国の幸せに繋がることを気付いていかなければならない。受験のために勉強し、選挙のために善行を積むのもおかしな話だ。日本は効率を高めるために様々な分野を細分化し、分担して発展してきた。しかし本当に必要なのはそれらを組み合わせることであるし、組み合わせようとした時に噛み合ないというのはなんともお恥ずかしい話である。それぞれが部品を組み上げることに長けていても、全体像と全体に組み込まれることで生じる新たな部品のデータに乏しければ、折角の知識や技術もその本領を発揮できない。しかし逆を言えば、プライドと欲を捨てて、その互換性さえクリアしてしまえば想像を上回るような技術革新があるかもしれない。
震災から気付けば三ヶ月以上が過ぎ、日を追うごとに放射能で汚染された食品や稲ワラが全国に散らばっている。しかしこの状況も本当の危険性を知っていたならば、まず有り得なかっただろう。国も国民もそもそも放射線というものへの理解を深めなければならない。化学や物理と聞くだけで難しいという意識が生まれがちではあるが、物の理と物が変化し化けることを学ぶことは、至極生きるための知恵に違いないはずだ。しかし自分が受けてきた日本の教育では現実とかけ離れた印象を与えてそれが生活のための大きなヒントであることに触れているようには思えない。それは何故かと考えているうちに、自国民として認めたくないながらもある答えに行き着いた。つまり、「教える側も知らない」のだ。放射線、電磁波、界面活性剤、農薬、食品添加物、遺伝子組換え、国にとって都合の悪いものは全て核心を抜いてそれ以外を丁寧に擦り込むようにテレビや新聞が後押ししている。震災、原発、TPP、そして米国のデフォルトが不気味に近付いている中で、日本人はどこまで他人事でいられるのだろう。被災されたある男性が「...電気なんていらないから....」と呟いた一言がずっと頭に残っている。一番最初、一番根元にまず何があれば幸せなのかを人間はもう一度考え直したほうが良い。お金があれば何でもできるからお金?いや、あれは価値が無くなればただの紙切れだ...。

情報に翻弄されて本質を見失う前に、自分自身が一つの生命体としての精度を上げていきたい。

精進精進。
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by hisomi-tnp | 2011-07-27 14:46 | 時の声(war cry)
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