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原発と人間とキュレーション

天気の良い日は、なんだか本当に寂しい気持ちになる。

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群馬県内各地で食品放射能測定所を設置しようという動きがあります。
それらをまとめて発信できるように「ぐんま測定ネット」を作りました。
まだまだホームページも含めて準備中ですが、賛同金やカンパなど、ご協力頂ける方がいらっしゃいましたら是非ご連絡ください。決して早い対応とはいきませんが、よろしくお願い致します。
ツイッターアカウントは「@GunmaSokutei」

原発事故が起きたことで皮肉にも以前から反原発の声を発信し続けている人の話を聞く機会も増えた。広瀬隆さん、小出裕章さん、田中優さん、肥田舜太郎さん。でもこの中でも意見はそれぞれに違う、広瀬さんはこの災いの根本である原発を全て廃炉にという思いがあり、電力としては熱効率の高いコンバインドサイクル発電を推していたし、小出さんは避難しなければ被曝するが避難することでも家族で辛い思いをするという究極の選択を口にしながら、地方で瓦礫の受け入れをするべきであり、その代わりそれらは東電の物なのだから石棺に使えば良いと言っていました。田中優さんは福島でアブラナ科の野菜からセシウムが検出されなかったことを受け、我々が食べる野菜は大丈夫かもしれないと言いました。また自然エネルギーを推進する以前に省エネで十分に脱原発はできるのだとも言っていました。肥田さんはタバコを散々吸って食事にも気を付けもせずに夜更かしもして、「だけど放射能は嫌だ」などというように都合良くはいきませんと言っていました。内部被曝を避けるためには甘いことは言っていられないという考えが伝わってきました。さて問題はこういった人達や公民館などで行われている学習会を聞き続けることで、我々が何を受け止めていくべきなのか。小出さんの言うような瓦礫の受け入れも、それが放射性物質であるかどうかによっては拡散に繋がる問題であることは否めないし、分厚いコンクリートであればあるほど、その中に放射能が潜んでいても表面的なスクリーニングから真実を得ることは困難だろうし、第一に放射性物質を無主物だと言えてしまう東電が現実として潰れずに存在していることも恐ろしくて仕方が無い。田中さんの言うようなアブラナ科の野菜の話も、ここは福島ではなくて群馬なのだし、話半分で聞いた人の中には野菜が大丈夫なんじゃないかという勘違いまで生まれていた。先日は桐生の白菜からも基準値以下とはいえセシウムが検出されているわけだから、慎重であるに超したことはないだろうし、確実に群馬は群馬で独自に細かいデータを集めていく必要があることは言うまでもない。一方では市民測定所の設置に向けて動く人達もいる。一部では「党員や活動家はいれない、それをやったから昔はダメだった」と頑なな意見を聞くこともあった。理論や現実の問題だけを重視してデリカシーに欠ける発言を聞くこともあったし、只々自己顕示するだけで終わる人もいた。音楽で知り合った身近な仲間はどれだけ今の状況を理解してくれているだろう。原発事故が起こった後、どれだけ大の大人が頼りにならないかを感じた人は俺だけじゃないはずだ。そして確実に昔は無かったけれど今なら変えられるのではという要素も少なくない。テレビや新聞、週刊誌だけが情報源だった昔とは、圧倒的な情報量の違いがある。無論、同様に情報操作もあるだろうけれど、世の政治家に対しても意見が目に触れる機会は(聞き入れるかは別として)増えているはずだ。我々はそもそも何に対して怒り、どういう未来を望んでいるのかを再認識するべきであって、遊ぶだけのコミュニケーションに終わらず、生きるためのコミュニケーションが必要なのではないだろうか。

天気の良い日は、なんだか本当に寂しい気持ちになる。

そして来春俺は父親になる。

やれるだけのことをやって群馬から変えることができないなら、
「避難」という言葉も出てくるだろう。

12.22にはまた前橋COOL FOOLでアトミックカフェを開催する。
2.11には再びコアフェスティバルをやろうと皆で動いている。
3.11は群馬で1万人集会をやろうという動きもある。
こんな事態だからこそできるかぎり隔たりを作らずに人類として集まれたらという思いでいっぱいだ。さて忘年で何を忘れるのだろうか....。


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by hisomi-tnp | 2011-12-15 16:55 | Save Our...
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