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いじめに関わる人々へ

もしキミがいじめられているならばそこから逃げ出そう。現実的な距離でもいい、精神的な距離でもいい、後のことは逃げ出してから考えればいい。教師も親も頼れない大人たちがいるのは珍しいことじゃない。彼らはもしかするとキミよりもずっと子どもかもしれない。身近じゃなくてもいい、先生でも役者でも魚屋のおじさんでも漫画の主人公でも脇役でもいい、共感できて信じられる人がいればその人を指針にしよう。もっと言えば人じゃなくたっていい、武田信玄の「風林火山」のように自然と自分を重ねることによって精神を高みへと導くことも素晴らしいことだ。それからもしキミがいじめている側でも、その子から離れてみよう。犬を飼っていると嫉妬心が動物の世界にもあることを教えてくれる。でもいじめる側というのは実感はそれぞれでも罪悪感は驚くほどない。肉体的、精神的な痛みは共感することは大人でも難しい。お互いにそこから離れることが一番かもしれない。俺も中学一年の時にいじめられたことがある。身長も低かったし、なんとなくからかわれるようなことは小学生の頃からあったけれど「あ、いじめられてる」と感じたのは中一の時だった。学校は毎日のことだから書き連ねていけば数えきれないほどだ。きっといじめられている子は今もそんな苦痛の時間を過ごしているのだろう。嘲笑う同級生、無視、厭味、悪口、暴力、落書き、そして私物を隠される、孤独、子どもながらに一所懸命に考える、アトピーで皮膚が爛れたり腫れたりして、ニキビ面は酷く赤くなっていたし、髪も癖が酷くてチリチリしていた。子どもたちにとって容姿の違いはからかうにはもってこいだ。鏡を見ながら歯を食いしばり、親に辛く当たってしまうことも多かった。何よりいじめられる理由が解らなかった。いじめられる側にも問題があるという考え方は万能じゃないし、いじめ問題の合言葉のように使うのはおかしな話だ。いじめが落ち着いてというかまるで台風のように通り過ぎたのはスケボーを始めた頃からだった。世の中は光ゲンジが賑わせていて空前のローラースケートブームだった。皮肉なものでスケボーを始めたのは校内で何か出し物をすることがあって数名で光ゲンジをやることになった時に選抜漏れしたのが切欠だった。やっと買ってもらえたローラースケート、でも子どもたちの間では既にローラーシューズが最先端だったから、俺が持っているものじゃダメだった。それからローラースケートはあっという間に下火になった。でもスケボーは高校生になっても続けていた。独り黙々と滑っていたらいつのまにか年齢や地域を越えて共通の仲間が出来ていた。ただ時を同じくしてスノーボードも人気が急上昇していたので気軽にできるスケボーと違って交通費やリフト、食事代で懐が厳しくなってその周辺の仲間ともあまり付き合わなくなってしまった。その後、同級生からDJやラッパー、ダンス、グラフティの世界を教えてもらった。「悪そうな奴が友達になるとあまりいじめられない」というシンプルでしょうもない社会の法則のようなものに気付かされてしまった。でもずっとそんな法則が全くのデマになってくれたらと思っている。人が大好きで人が大嫌い、人に傷付けられても人の間に生きるのが人間、そのどちらも感じられない人でなしは、ある意味寂しいものだ。人間がこの世に生を受ける可能性は宝くじよりも低い確率。とてつもない数の精子の中から既に勝ち抜いてきた命だ。いずれは大地に還っていくその命を無下にするのは、純粋にまだまだもったいない。年を重ねて体のあちこちが悲鳴をあげてくるとしみじみ思う。

こういうサイトもあるので見てみてね。
生きテク http://ikiteku.net/
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by hisomi-tnp | 2012-07-13 11:36 | 時の声(war cry)
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