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放射能リテラシー。アル?

シビアアクシデント、メルトダウン、メルトスルー…
レベル7?
それだってしきい値みたいなもんさ。

人類にとって前古未曾有の深刻な状況は本当は今も続いている。
原子力発電所の無い群馬県、身の回りでどれだけ放射能の話題が出ているだろう。いよいよ携帯電話にも空間線量計が内蔵されることになったし、我が子や未来の人々のためにも「放射能」という目には見えない脅威に対して、きちんと読み解き、考え、そして伝えていく努力が本当に重要になったと確信している。けれど日々の生活に追われて良く解らないことには専ら付和雷同の人も少なくない。そんな人々の心を育む重要な基盤は「食」であり、「教育」である。これはつまりそのまま心が乏しくなる原因もそこにある。「食」は放射能汚染よりも以前に農薬や添加物、遺伝子組換えなどの問題がずっとあったし、その傍らにはいつもリスクをベネフィットで中和させるような「教育」がセットで存在していた。そしてそれは製薬業界や今回の放射能の問題、震災瓦礫の広域処理に関しても同じことが言える。落ち着いて考えてみれば、どれほどの利益があっても最終的なリスクは全て我々や子や孫の食に戻ってくる。これは本来総じてリスクでしかないものを一部の人が一定のしきい値を決めて妥協させるビジネスケースに過ぎないことを忘れてはいけない。表面上の安心と安全は心理的に且つ巧妙な仕掛けによって作り出せるものだ。

ではどうやって信頼できる「食」と出会えるのか。大きなポイントは「食べる人」と「作る人」を結ぶこの間をシンプルにしていくことにある。「食べる人」とは国民全員であり、「作る人」とは第一次産業従事者であり、「食べる人」でもある。この関係においてより確実に「見える」トレーサビリティを求められること。そして「見えない」放射能というものも積極的に測定していくこと。但し「測定=100%の安全」ということではないから、放射性物質というものが確率的な存在であることを大いに踏まえておく必要もある。だから現状で内部被曝を「0%にする」というよりは「0%を目指す」という方が現実的かもしれない。何故なら今後数十年はセシウム(これに限らず)は身近で危険な存在であるし、放射性核廃棄物との付き合いに至っては気が遠くなる程の時間が必要だからだ。

しかしこれだけ厄介な放射能の問題も、一方で我々に改めて示したことがある。それは気象や海流にみる地球のしくみ、生体濃縮にみる動植物のしくみ、輸出入、物流、震災瓦礫の広域処理、原発を取り巻く国家やメディア、企業にみる人間たちのしくみ、生きとし生けるものの「しくみ」であり、今ここで学ばなければいけないことの重さはそこにある。原子力発電所の事故によって改めて浮き彫りになった日本のエネルギーの問題、考えてみれば人にとってのエネルギーは「食」であるし、それを買うための「貨幣」もまたエネルギーと言える。至るところに溢れているエネルギーの無駄をどうやって省いていくのか、それを考えていくだけでも日本の異様な食生活の現状に少しは気付いていかなければいけないし、仮に見直さずに進めば原料となる飼育や栽培の環境、飼料や肥料、加工場所やそれら全ての工程を追わなければ安全な食品なのかなど解らないのだから、結果的に内部被曝を避けることからは遠ざかることになる。

一方、既に体内に入り込んでしまった放射性物質を如何に排出していけるか、或いは吸収しないようにするかを考えていく必要もある。基本的な食事量やメニューを見直したり、核種の特性を理解し、抗酸化に努めて発酵食品を摂り、免疫力を上げる。無農薬無添加が良いことは言うまでもないが、有機栽培というのはまた別物で一定の幅があることも認識しておくべきである。それらを踏まえて理想的な食事は、所謂マクロビオティックという哲学に基づいた食事とも言えるし、古くから日本にある精進料理とも言える。これらを完璧に実践できなくても認識することが大きなパラダイムシフトへと繋がっていくのだ。

「食」が「心」を作り、「心」が「発言と行動」を作る。

智慧を付けて感覚的な先回りをしよう。
根本的な問題の解決、それは原発を無くし、核を無くし、戦争を無くすこと。
念頭にそれらがあれば、発言も行動もきっと変わってくるだろう。
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by hisomi-tnp | 2012-08-30 16:12 | Save Our...
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