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作らないを作るという選択

六ヶ所村の再処理工場の問題を考え頭を抱える中、先日高知県は安芸郡東洋町の田嶋町長が原子力発電環境整備機構に、高レベル放射性廃棄物最終処分施設候補地への応募書を昨年3月に提出していたことが明らかになった。問題そのものはこの小さな町で起きている、しかしこれは明らかに日本という国レベルで関心を持つべき問題ではないだろうか。

賛成派の住民が「夕張みたいになってしまうぞ!」と叫ぶ。
夕張が財政破綻をしたことは記憶に新しいが、破綻のきっかけはそもそも国の行革にあるのではないだろうか。
それを国側が「支援」という形で関わっている辺りの矛盾といったらない。
勿論高齢化というのもひとつの原因だろう、賛成派も反対派も、双方にある共通点は若者の姿が殆どといって
いいほど、見られないことだ。自分達が住んでいる国への関心の無さは未来への恐ろしささえ感じてしまう。
今回のような判断が選択肢に加えられる背景には、やはり都心への一極集中による地方の過疎化があるのだと思う。

極端な話、都心に出た者達が全国から地方へと戻り、各地を潤わせることが出来たならどれほど良いだろう。
渋滞も緩和され、帰省ラッシュなどという言葉も珍しくなるかもしれない。
無論そんな簡単なことではないだろうけど。。。

しかし根拠も無くただ詳しいであろう人が「安全だというからには安全だろう」という判断をどう思うだろう。
町長に応募の話を持ち掛けたのは、NPO法人「世界エネルギー開発機構」と称する団体の理事(66)だというが、安全性の立証も無いというのに、受ける方も受ける方だが、持ち掛ける側も考えものである。
我が国の安全だという技術がどの程度のものかは知らないが、関東大震災や阪神淡路大震災から見ても、地震という災害に人間の力が及ぶとは思えない。
東海地震による浜岡原発の危険性が叫ばれる中、高知もまた南海地震の危険性を抱えている。
忘れてはいけない、ここ日本は地震大国なのだ。
2010年に運用開始予定の地震や津波を観測、監視するシステムの構築事業に15億5800万円もの費用が盛り込まれているようだが、せっかくの最先端の観測機器達も予想を遥かに超える核の事故まではカバーできないだろう。

五百円玉を百円玉で買っているようなものだ。
行為その物が「買う」というプラスな行為であっても、実際には「マイナス」を増やしてしまっている
とでも申しましょうか。。。

我々が考えなくてはいけないのは、物事が動く時に発生する中間マージンを糧として生活するものは、
そのどちらにせよ現れてくるものなのだから。、『作ることを作ることで埋めていく』進歩ではなくて、
『作らないことを作るという発展』が必要なのではないだろうか。

声を出そう。

原子力はいらない。

これ以上発展ばかりに目を奪われるよりも、少しでも足並みを揃えて格差の幅を狭めたいものだ。


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by hisomi-tnp | 2007-02-28 15:37 | Save Our...
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