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ゼロ

精進料理を頂く上で大切な教えがあります。
これは恐らくどんな料理を頂く場合であっても心構えとして感じて欲しいこと。

五観の偈(ごかんのげ)

 一には功の多少を計(はか)り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る。
 二には己が徳行(とくぎょう)の全欠を忖(はか)つて供(く)に応(おう)ず。
 三には心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等(とんとう)を宗(しゅう)とす。
 四には正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。
 五には成道(じょうどう)の為の故に今此(いまこ)の食(じき)を受く。
 
一つ目に、その料理が目の前に置かれるまでの流れ、手間、手数を感じ、他のいのちを頂くということを感謝し考えること。
二つ目には、数多くの人々の供養を受けるこの食事を、自分は頂けるだけの正しい行いができているかを反省すること。
三つ目は、迷ったり過ちを犯さぬよう日頃の貪りの心や怒りの心、道理をわきまえぬ愚かな心を鎮めるように心がけなさいということ。
四つ目は、食事を頂くことは正に良薬を頂くことであり、それはこの心身の健康のためであると思って頂きなさいということ。
そして五つ目に、大きな目標(仏道の成就)の為に、この食事を頂きますということ。

「いただきます」と「ごちそうさま」

普段それとなく口にしている(していない人は言いましょう)この言葉にどれほどの思いを乗せたら良いだろう。
肉でも魚でも野菜でも、それを頂こうと思った瞬間から、僕らの体に入って力となってやがて排出されるまで、
この言葉は響き続けている。美味しければ良い。しかしながら「美味しい」は皆一緒だろうか。
欲望に任せて食事をすれば、肝臓がフォアグラになってしまうし、体のあちこちが悲鳴をあげてしまうだろう。
なんでもかんでも勢いで放り込んだ燃料ではデロリアンくらいしか走らないというものだ。
楽しく、美味しい食事はとても素敵であるが、現代のように入り乱れた食文化の中にあっては、きちんとした選択を
して食する習慣を付けたいのも正直なところである。礼儀や作法というと、堅苦しいイメージで捕われがちだが、
それらは身に付けてしまえば、楽しむ心や美味しいと思う心に変わりはないのである。
僕らは時々、気持ち一つで変わることを知っていながら、気持ち一つで判断してしまうこともある。
最終的に気持ちが良い方を選択することは悪いことでは無いが、それはあくまでも「こちらの気持ち」ではなくて、
「あちらの気持ち」であることを心得たい。綺麗事に聞こえるがそれが思いやりであり、失われつつある大きな愛情なのだと思う。
多くの経験を積み、知識を広げ、さらに学ぶことは素晴らしいことであるが、大切なのはそれらから「感じる心」だ。
だからこそ経験が全てであって経験が全てでは無いという双方の意味が混在する。
部屋から一歩も出ずに文字ばかりを読み、明け暮れている人、遊びたい放題に遊んでいる人、世界を飛び回り色んな場所を
見てきた人、人間は様々だ。だからこそ誰が正しくて誰が間違っているわけではなく、何を感じることができたかが、
人間をより成長させてくれるのだと思う。
不自由さを知らなければ自分が自由であることは知れないけれど、不自由から生まれた者は自分が不自由だなんて思わない。
誰もが今まで生きてきた経験で価値観の多くを決定しているけれど、気付かなければいけないのは自分の環境が
決して全てのゼロでは無いということ。この際、自分の置かれている状況が金銭的に裕福であるとか貧困であるとかを抜きにして
言っておきたい。世の中の真ん中に軸を合わせて生きることの大切さ、どちらにせよ偏ることは望ましくはないが、
その偏る様を観て、自身の軸を修正していくことは素晴らしいことである。この世の殆どはどちらかではなくて、どちらもだし、
自分の視界に入らない外側にも世界がある。それ故に大切なものが見えないこともあるのだ。
こちらがスピードばかりを重視すれば、相手も急かされ、皆が急げば地球だって急かされてしまう。
そういえば、赤城山にある「地球のうた」というカフェで暦師である開知くんに会った時のことを思い出した。
地球は秒速約400mで自転しているそうだ。そして太陽の周りを秒速30kmで公転している。時速にしたら108,000kmだ。
物質的にも僕らが急がなくても充分なくらいの高速で移動している。これは時の流れ、時流そのものだし、言うなれば、
毎秒、毎分、毎時、毎日、未来を見る為の地球というタイムマシンに乗っているようなものだ。
今日と明日は違うから、僕らはもっとこの時間を大切にしなければいけない。この場合の時間というのは自分の時間ではなくて、
「自分以外の時間」である。待つ心と手間をかける心、即ち「ゆとり」は各々が意識することで生まれる。
その手始めとして、物質的な快楽で溢れた現代から脱却する為にまず必要となる知足(ちそく)の心、つまり「足りる」を知ること。
今この瞬間に、知足を感じること、知足を知ることは様々な苦悩を乗り切る最大の思考の転換になる。
いやいやハングリー精神も大事だという方、それならば大丈夫、生きている限り人間は精神的以前に、充分肉体的にハングリーだ。
それを踏まえて、僕らにとって最も尊ぶべきこととは論じること忘れず、しかしそこに時間を費やし過ぎず、
日常の食事は勿論、掃除や炊事、洗濯、入浴、睡眠どれに対してもきちんと向き合いたい。何故ならそこには
穏やかに過ごす為のヒントが溢れているからだ。日々の積み重ねは同じようでいて、全く違う。
それは毎日の天体の位置から引き起こされる引力の違いでもある。人間は人間、その体の大半は干満を繰り返す大きな海と同じように、
水分から出来ていることを忘れてはいけない。全く違う。個性の主張と、我侭な甘えを履き違えないよう丁寧に生きよう。

まだまだ精進しなくては。。。



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by hisomi-tnp | 2008-02-02 03:45 | 地球/食
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