ブログトップ

hisomi a la mode

hisomi.exblog.jp

カテゴリ:タビユケバ( 65 )

音楽を1/2倍楽しむ方法。

はい。

コレを考えた時点で楽しさ1/2ね。
[PR]
by hisomi-tnp | 2006-04-20 17:28 | タビユケバ

トレンディバイオレンス

先日、仕事中に見かけたある広告にこう書かれていました。
「バイオレンスゲームの需要は上昇傾向にある.....」
はたして商業的な見解だけで判断して善いのだろうか。
お客さまのニーズにあったものを提供して何が悪いと言われれば、そこに返す言葉なんてたかがしれているが、だからといって崩れつつあるモラルを放っておくのも心苦しいところだ。実際、オレ自身もそれらのゲームをやったら楽しくて爽快で、ストレス解消になるんだと思う、しかしどこかで子供達がそれらのゲームをやるということに対する恐怖のようなものがある。

大丈夫なのか?

ただでさえテレビや映画、ゲームの影響が危惧される現代で、犯罪もみるみるうちに欧米化していくし、キレる子供と大人、精神的な問題を抱えた人が増えていくことも否めない。
画面上で流れる血や、叫び声、爆発音が人間の隠れた欲望を満たすのか、画面を飛び出す恐れさえ感じさせる。
垂れ流しの情報の海を巧く泳いでいるようで本当は皆もう溺れているんだ。

人間の歴史に血が流れてきたのは事実だ、しかしそこにあった本当の苦悩と恐怖をあまりにも簡単に忘れてはいないだろうか。
ファッションや安易な理由、私利私欲で争いを望まないことを望みたい。

難しい言葉は難しいだけだから簡単に言う。

まだ間に合う。

目を醒ませ、人間は全く偉くない。

オレもオマエもアイツもソイツもね。
[PR]
by hisomi-tnp | 2006-04-19 17:26 | タビユケバ

同志の声

昔も今も変わらないものは変わらない。
人は本質で繋がっていく。
気付く者、気付かぬ者、気付いても気付かぬフリをする者。
先日、夢を観た。俺は夢の中で大泣きした。
それは憤りでもなければ、反省でもない。
なぜ俺は泣いた?
そこにいたアイツにはわかるだろうか。
何よりも今ならばわかるだろうか。
新たに道がどこにあるのかを見い出し動きだした俺にとって
かけがえのない人たちに最大の感謝をおくりたい。
真に動くべくコトを今俺は知っている。
真に見るべきモノを今俺は見ている。
迷いは無い。
清清しいくらいだ。

おい、達者でな。
[PR]
by hisomi-tnp | 2005-01-10 17:13 | タビユケバ

『シュルデイズ』

a0026058_204317.jpg3rdのタイトル曲でもあるこの曲が、産まれるまでには、かなりの念いが交錯してきました。現代に居ながら『異』を感じ、すれ違う人間や、声、そこにはまたその人の日常がある。そんな事を思いながら、心の空洞を隠しながら生きる現代の疫病的な様子を、例えば車窓から時間という風景を眺めるようにしているとでも申しましょうか....実際には、自宅のソファに横たわりながら、その窓から見えた風景や、夜のベンチに座り、街角に見た一コマなどがかなり影響していますが....。ともあれ、日常の会話、食事、学習、休息、詩、そのくり返しの痕跡に何が残るのかを考え続けることの必要性、世の中の矛盾を虚しく感じながらも、決して諦めずに生き抜けるよう願って描きました。
[PR]
by hisomi-tnp | 2004-06-08 20:40 | タビユケバ

『逆説・仲間外れの蝙蝠』

この曲の産まれるきっかけになったのはソウル・ウィリアムズ主演の映画『Slam』でした。刑務所内での派閥、こちらかあちらか、選択しなければ、どちらも敵になってしまう、そんな傾向がごく日常的にあり得る事を感じ、ふと昔母親に買ってもらった憶えのある童話、『仲間外れの蝙蝠』が脳裏をよぎったのです。この中では蝙蝠が獣達の国と鳥達の国、そのどちらとも仲間だと言って信頼を失っていく様が描かれていました。しかしながら、実際はどうだったんでしょう、どちらとも仲間ということが果たして悪い選択なのでしょうか、そこで私はまた別の角度から、この物語を切ってみようと思ったわけです。
つまり、実はこの蝙蝠が純粋に平和を願っていたのだとしたら?という切り口です。この断片に何が見えてくるのか、私以外の人達にどう映るのか、平和を実現することの難しさ、それでも平和を願う気持ち、忘れてはいけない何かが皆さんに伝わる事を祈っています。
[PR]
by hisomi-tnp | 2004-06-08 17:44 | タビユケバ