ブログトップ

hisomi a la mode

hisomi.exblog.jp

カテゴリ:繁栄のムコウ( 21 )

アンテナとカルマ

今から4年ほど前になるだろうか、とある書店でふと目に飛び込んできた一冊の本があった。
ブレーズ・パスカルというフランス生まれの男の本だ。
天才と呼ばれた彼の言葉にこんなものがある。

「人間は考える葦である」

つまり人間は最も弱く小さな生き物であるが、「考える」ということが、
どうやら強さと偉大さを生み出すのだろうという言葉である。
威勢を張っている人間が、電車で無理矢理席に入り込んでくるならず者が、
群れに紛れることで気持ちばかりがでかくなった者が、
裸でサバンナに投げ込まれたならば、いったいどうなるだろう。
僕らはいったい何を目的として産まれてきたのか。
そこに底は無く、てっぺんも無い。
しかしそれでも僕らは笑い、泣き、怒り、また笑い、毎日を過ごしている。

昨晩のこと、思い出したように「パスカル」を手に取りパラパラとそのページをめくっていると、
彼の父であるエチエンヌ・パスカルが我が子に厳しく言って聞かせた言葉に、青い線が引かれていた。
勿論、中古の本であるから僕自身が引いたものでは無いことはすぐに分かっていたが、驚いたのは
その青い線の引かれた部分の内容であった。

「明確な事柄にはしっかりと対応し、明確で無い事柄には肯定も否定もしてはいけない.....」

といった感じ。

4年前、僕がこの言葉に気を一つ止めずに読んでいたのは残念ながら確かだった。
そして、この文面に目が止まったのは皮肉なことに、その後この考え方を身を持って体験し、
4年程月日が流れた昨晩のこと。

聴き馴れてはいるものの、「虫の知らせ」や「風の便り」といった不思議な言葉が今も残るこの国で、
何やら因縁めいた力と、そこに気付くか気付かないかの自身のアンテナを感じずにはいられない夜だった。
いつどこに、どんな形で現れるか予想もつかないヒントやチャンス、そして警告に、
僕らはもっと敏感になっていかなければいけない気がする。

「なんとなく」
[PR]
by hisomi-tnp | 2007-01-24 15:08 | 繁栄のムコウ

イタダキマッシヴ!!

先日興味深い記事を見かけました。
「いただきます」についてのエピソードです。

以下転載

《考:「いただきます」って言ってますか? 「給食や外食では不要」ラジオで大論争

 TBSラジオ「永六輔その新世界」(土曜朝8時半〜、放送エリア・関東1都6県)で昨秋、「いただきます」を巡る話題が沸騰した。きっかけは「給食費を払っているから、子どもにいただきますと言わせないで、と学校に申し入れた母親がいた」という手紙だ。番組でのやり取りを参考に、
改めて「いただきます」を考える。【文・遠藤和行】 ◇「私の場合」を募集

 手紙は東京都内の男性から寄せられ、永六輔さん(72)が
「びっくりする手紙です」と、次のように紹介した。

 《ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と》

 番組には数十通の反響があり、多くは申し入れに否定的だった。あるリスナーは
「私は店で料理を持ってきてもらった時『いただきます』と言うし、
支払いの時は『ごちそうさま』と言います。
立ち食いそばなど作り手の顔が見える時は気持ちよく、よりおいしくなります」と寄せた。

 一方、母親のような考え方は必ずしも珍しくないことを示す経験談もあった。
「食堂で『いただきます』『ごちそうさま』と言ったら、隣のおばさんに『何で』と言われた。
『作っている人に感謝している』と答えたら『お金を払っているのだから、
店がお客に感謝すべきだ』と言われた」との内容だ。

 また、申し入れを支持する手紙も数通あった。学校で「いただきます」を言う際、
手を合わせることに「宗教的行為だ」、と疑問を投げかける人もいるという。

 永さんは、中華料理店を営む友人の話を紹介した。その友人は「いただきます」と聞くとうれしいから、
お客さんの「いただきます」の声が聞こえたら、デザートを無料で出すサービスをした。
後日、永さんがサービスを後悔していないかと尋ねたところ
「大丈夫です。そんなにいませんから」と言われたという。

以上、皆様はどう感じられましたか?

永さんのサービスの「後悔していない理由」も何だか寂しいですが、
それ以上に寂しいのは「俺様意識」の強い親の存在です。
お店側も、怠けた勤務態度で接客する方も近頃はお見掛けしますから、
「お金を払っているから偉い」「お客さまは神様だ」確かにその通りかもしれません。
しかし、それは双方に傲慢になってはいけない大切な部分なのではないでしょうか。
お店側はお客様が来てくれるから仕事になってお金が貰え、御飯を食べられるのだし、お客様側はそこにお店があるから今も食べたいものがお金で食べられるのです。
根本的な有り難みを忘れてしまってはいけません。
それは咲いた花に見とれて、花だけを切り取ってしまうようなものです。
花には葉もあれば、茎もあるし、根もある。
全てが必要不可欠な奇跡の集合体なのです。

さてこの一見、裕福そうな日本が突然の自然災害に襲われた時、
まず大切なのは「食料」かもしれません。
究極の精神状態の人間に「金ならあるから」と言ったところで、
そこに何の価値すらないのです。

「いただきます」が「宗教的行為だ」というなら言ってやりましょう。
「その通りだ、だから何だ」と。葬式で手を合わせないやつがいるだろうか?
「食」において「戴く」という行為は命を戴くことであり、全て携わった人への感謝であり、自分自身もそれを戴くに値するのかを自ら問うための大変尊い行為だと思います。
ましてやそういった意見を持った親の子はいったいどんな子に育っていくでしょう。

すっかり浸透してしまった「ファーストフード」の存在、そして、仕事仕事の社会の仕組み、ストレス、減少する会話、コミュニケーション、全てが繋がって互いに影響しあっているのです。

早いところ、この悪循環を推進する思考回路をプログラムしなおす必要がありそうです。

皆さんも是非言ってやって下さい「いただきます」



[PR]
by hisomi-tnp | 2006-09-12 16:42 | 繁栄のムコウ

不自然カントリークラブ

本日ラジオでとある演歌歌手が話しておりました。

「私、自然が大好きなんです、だからゴルフ場のあの緑は
ホント癒されるんです。」

........ゴルフ場は農薬が使われております。

安全であるという話ではありますが、こういった形の自然の維持は、
むしろ不自然なんじゃないかなぁと思ったりします。

結びに、
「皆さんも是非、自然いっぱいのゴルフ場へ!」

なんて言っておりましたが、リゾート開発ってのもある意味考えものですね。

できればこの演歌歌手にはムツゴロウさん辺りと少し過ごしてもらいたいものです。


 自然だと

  思っているのは

   箱庭よ


[PR]
by hisomi-tnp | 2006-08-30 11:14 | 繁栄のムコウ

医食同源

今から7ヶ月程前に健康診断で肝臓の異常を告げられた私は
同時期に京都であらゆる物に触れ、精進料理を戴き、
帰宅後、パートナーの助けにより食事を白米から玄米に変えた。
全体的にも野菜が中心の食事だ。
砂糖も殆ど摂取しない、塩や味噌、醤油やみりん
ありとあらゆるものが安全と思われる物へと変わっていった。
そんな私に変化が現れたのは半年程経ったある日だった。
始めた時から約8キロの減量に成功した。
しかしこれといって食事をとらないわけでもない、
朝は少量の糖分のある食事をとり、
昼はしっかり食べて、夜は消化の良いものをとる。
タンパク質は専ら豆から戴く。

何が言いたいわけでもない。

お薦めすることでもない、ただ私はこの食生活で、
確実に自分の身体に起こった変化を実感したのだ。
ありとあらゆるレストランやファーストフード店が濫立するこの日本という
特異な国で、忘れられつつある「食」の重要性を今一度見つめ直して頂きたい。

我が子になんだか分からないものを与えられますか?

人間が自らの身体を作る最も簡単で最も身近な「食事」
10秒でチャージしている場合ではない。

あえて問題とするならば、食事をとる時間が無いという現代の社会そのものであろう。
ありとあらゆる事柄の中心に「食事」という人間にとって欠かす事の出来ないものを置き、そこから事を進めて行けば、もしかしたら日本は素晴らしい国になるのかもしれない。

これはきっと間違いなく全てに通ずる突破口になる。

人間の身体も心も食事一つで変わるのだから。

道に迷ったら身体に旨い飯を喰らえ。
[PR]
by hisomi-tnp | 2006-02-13 14:55 | 繁栄のムコウ

集団心理

今から2年半程前に、韓国の地下鉄構内で停車中の地下鉄が放火された。
この事件で問題視されたのが所謂、群集心理の危険性を投影した列車内で充満する煙の中で乗客が座ったまま動こうとしない写真であった。
通常では到底考えられない光景だ。
ここに、異常と正常の誤認を促す「正常性バイアス」という心理状態と群集心理で誰かが動けば動く、或いは誰も逃げないから大丈夫という「多数派同調バイアス」が働いているらしい。(世のいじめなんかもコレに近い心理だろうな)
これは実に不確かな証拠、つまり思い込みにすぎない。
先日、東京の友人が大地震がくるという話を受け、避難の準備をしていた。
しかし、実際に地震は起こらなかったようだ。
でももしも本当に起こっていたらどうだっただろう。現実、避難の準備を整えた人間がどれだけいたのだろう。
何事も災害や事故はタイミングで起こるのだとしたら、脱出の判断のスピードが生死を分けるのは言うまでもない。
群衆に見られる傍観者的観点は否めないが、他力本願ばかりが溢れてしまったら...と考えると少々恐ろしいものがある。

しかしながら人間自体も群れることで、今現在の位置を築き上げてきたのもまた確かなことであるから、一概に否定的な言葉を並べることはできない。

今後自分も含め、人間の心理的進化がどのように成されていくのか、まったくもって興味深い問題である。

因に、自分は地震を察知すると直ぐさま出入り口となる戸や窓を開ける。
これは既に無意識に組み込まれた避難の術である。

お粗末。
[PR]
by hisomi-tnp | 2005-06-22 23:51 | 繁栄のムコウ

cabir(カビル)

6月14日ロシアで世界初の携帯に感染するウィルスの発見が発表されました。某セキュリティユーティリティを偽装し、ファイル配布形式「SIS」で送信され、感染、携帯のディスプレイには『cabir』(カビル)と表示されます、それ以降電話が起動するたびに同じ機種の携帯を捜し、見つけると自分のコピーを送りつける仕組になっているようです。つまりクルマや電車の中、会社、学校、いつどこで頂いてしまうか分らないということです。しかしながら感染してもデータに支障は無く危険性は無いとのことです。 ただバッテリーの減りは早くなるようです。
因みにこの『cabir』ですが国際的なウイルス開発集団『29a』に属する、ニックネーム『Vallez』という謎の人物によって開発されたと思われているようです。で、この『29a』はこれまでにコンセプトウイルス(ウィルス開発が可能であることの証)として『Donut』や『Rugrat』などを開発したと考えられているそうです。
いやはや凄いです。世の凄腕の皆さんの頭脳ってのは、きっとどこかで『善と悪』の分かれ道に立っているのでしょうが.....まぁコレだけ普及している携帯に目が付けられない訳が無いとは思っておりましたが、そうなってくると、携帯でショッピング〜♪なんてのもかなり厳重なセキュリティーが求められてくるんでしょう。エンドレスな感じで....。
ともあれ、今後の対ウィルス技術開発や、対策は間違い無く必要であると考えます。
[PR]
by hisomi-tnp | 2004-06-17 00:58 | 繁栄のムコウ

反復反復....。

2004年6月に韓国の食品加工業者が本来生ゴミとして処理されるはずの食材をギョーザの具として過去4年にわたって加工販売していることが明らかになったわけですが、遺憾です、失望です、コスト削減が聞いて呆れます。
ちょいと詳しく言いますと、腐った大根を使用し、さらにはヘドロ状態だったといわれる病原性の細菌・大腸菌たっぷりの廃井戸の汚水で塩抜きをしていたわけで、加熱しても、細菌・大腸菌類は死滅しますが、それらが出した毒素は分解されないので、食中毒の危険性はかなり高いといえるわけです。
この加工業者のみではありませんが、韓国から日本への1年間(2003年)のギョーザ輸出量は864トンにも及び、今年5月までで437トンほどが輸出されているそうです。また日本国内で関連のある○ッスイは某有名テーマパーク内のレストランを提供しており、この中のメニューにギョーザもあるようです。ということで個人的には自衛する方向です。
 ちなみに、具を韓国から輸入しても加工したのが日本や他の国であると、原産地の表記は韓国にはならないのです。つまり尋ねれば教えてくれるかもしれませんが冷凍食品会社のみ知るところなわけです。

一応、厚生労働省が2004年6月9日付けで暫定的に韓国産のギョーザならびにギョーザの具の輸入を停止はしたようですが、既に輸入されている物はあるわけですから、要注意なわけです。韓国的には大打撃でしょうけど、韓国製離れは避けられないのではと思われます。
というわけで、暫く冷凍餃子と肉まんは距離をおいてみております。
[PR]
by hisomi-tnp | 2004-06-13 16:45 | 繁栄のムコウ

2004年4月18日、

米国ボーイング社が無人攻撃機の爆弾投下実験に成功した。1999年より開発が始まり、2008年に実用化の予定である。これによって兵士の命の危険性が軽減する一方で、安易な戦争への発展が懸念されている。当然のように兵器の開発が進む中、世界からテロが無くなる日は来るのだろうか、皆さんは御存知だろうか、戦争には戦争のルールというものが一部存在することを。
 数々の戦争に武力紛争、それを根絶させることは現在も今後も難しいかもしれない。そんな現実の中でもできる限り我々の命が奪われるのを防ぎ、人間の尊厳を保ちたいという精神。それが国際人道法である。
これは、まさしく戦争においての人命・人権の尊重を唱っているが、同時に戦争の存在を前提にしている。何故ならば、今世界で起きている事は夢ではなく紛れもない現実だからだ。
[PR]
by hisomi-tnp | 2004-06-08 21:15 | 繁栄のムコウ

様々な時代、

様々な場所、様々な理由、ごく身近なところにもある『戦い』過去、歴史、文献、伝記、その全てが事実では無いかもしれない、それでも何かを探していると信じたい。過ちの繰り返し、人間は忘れる生き物だと聞いたことがあります。進むばかりが進化じゃない、僕は鉛筆で『平和、平和、平和』と書き連ねるならば、『平和』という文字を何度もなぞりたい...。色濃く...。やがて紙は筆圧で深く刻まれたように跡を残し、重ねられたその筆跡は艶やかに産声をあげる。そう思い、ふと『書道』の極みを感じた気がしています。若輩ながら。
...つづく....かも...。
[PR]
by hisomi-tnp | 2004-06-08 14:35 | 繁栄のムコウ

昼下がり、

広くなった道は平たく伸びた漆黒の装いに無言で佇んでいる。かつてそこに無数の動物達の足跡があったことをまるで感じさせない。南西の桑畑も今ではすっかりその影を失ってしまった、そこにいた蛙や蜻蛉は今どこへ...。身の回りのモノ全てが簡略化され便利で使いやすく形を変えていく、多くの人々は目の前に置かれたその物体について何からできているのか疑問にさえ感じない、我々日本人にとっては当たり前であるスーパーに置かれ丁寧に切り分けられた肉達を見て遊牧民達は云う、『何の肉だか、何処の肉だか分からないモノはタベラレナイ』と、これを聴いてハッとさせられる方はいるだろうか、確かにおっしゃるとおりなのだ、私達は完全に目の前に表示される『安心』を恐ろしくもあっさりと受け入れているのだ。
a0026058_14318.gif
私自身過去にとある食品を扱う仕事に携わっていたが、驚かされたことは山程にあった、それはまた別の機会にお話するとして、様々な要素が絡み合って私の中で、一つの『実感』が生まれていることに間違いは無かった。大袈裟に思われるだろうが、仮にたった今社会が機能しなくなったとしたら、生産者と消費者、ひいては雇用形態などに革命ともいえる逆転が起こりえないだろうか、簡単にできる事こそ複雑な中身があるのかもしれない、だとすれば我々が今後必要な事は進化の過程をもう一度考えることにあり、それが『脳』の退化を避ける為の唯一の手段であると私は考える。...つづく
------------------------------------------------------------------------
[PR]
by hisomi-tnp | 2004-06-08 14:32 | 繁栄のムコウ