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想像できない輩の創造(Rー100)

「漢はまず想像で(剣を)抜け」

かの有名な思想家ヒソーの言葉である。ウソ。

近頃、流行りのゲームや映像にハイテクノロジーを駆使した鉄の塊。
これらは「電気」という魔法をかけた時のみ、その威力を発揮する。
この様な五感に直結するイメージの代替化は、作られたイメージと自身のイメージとの錯覚さえ産みかねない。
巷を賑わすニュースは年々悪化しているのにも関わらず、
断続的な印象がかえってそれに対する意識を緩和させてしまっているようだ。

俺達が危惧しなければならないのは、その進化の先にある俺達自身の
退化だ。

上手く泳いで前進しているつもりでも、やがては流れるプールにその運動を補助してもらい、結果的に目的地へのより早い到達を望むことで、
激流となったプールから抜けだせなくなってしまっていないだろうか。

砂漠でオアシスを見つけて、
直ぐに飛び込むのか、一呼吸おくのかは各々の自由かもしれない。
しかしどちらを選んだとしても、自分の判断を悔いず、文句も極力慎みたいものである。

自分で選んだ道にある障害を悔い改める。
それはまさに「反省」であり「成長」である。

何か目標を立て、そこに向かう上で大切なのは、
その過程を「想像」することであり、まさに「創造」の為の「想像」は現代人にとって、いや人間にとって最も必要な能力ではないだろうか。

より利便性を追求し、簡略化されてきた生活、しかし一方でそれは大切な根元を失いつつあることを象徴している。

今感じた喜び、今感じた悲しみ、今感じた怒り、

しかしそれらの「感覚を受け入れる器」、或いは「表現できる」ということはいったい何によって成立していることなのか、その全ての源に気付く時かもしれない。

至極、人間は弱い。

故、まずは一礼。


潜 合掌
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by hisomi-tnp | 2007-01-29 14:20 | 繁栄のムコウ

アンテナとカルマ

今から4年ほど前になるだろうか、とある書店でふと目に飛び込んできた一冊の本があった。
ブレーズ・パスカルというフランス生まれの男の本だ。
天才と呼ばれた彼の言葉にこんなものがある。

「人間は考える葦である」

つまり人間は最も弱く小さな生き物であるが、「考える」ということが、
どうやら強さと偉大さを生み出すのだろうという言葉である。
威勢を張っている人間が、電車で無理矢理席に入り込んでくるならず者が、
群れに紛れることで気持ちばかりがでかくなった者が、
裸でサバンナに投げ込まれたならば、いったいどうなるだろう。
僕らはいったい何を目的として産まれてきたのか。
そこに底は無く、てっぺんも無い。
しかしそれでも僕らは笑い、泣き、怒り、また笑い、毎日を過ごしている。

昨晩のこと、思い出したように「パスカル」を手に取りパラパラとそのページをめくっていると、
彼の父であるエチエンヌ・パスカルが我が子に厳しく言って聞かせた言葉に、青い線が引かれていた。
勿論、中古の本であるから僕自身が引いたものでは無いことはすぐに分かっていたが、驚いたのは
その青い線の引かれた部分の内容であった。

「明確な事柄にはしっかりと対応し、明確で無い事柄には肯定も否定もしてはいけない.....」

といった感じ。

4年前、僕がこの言葉に気を一つ止めずに読んでいたのは残念ながら確かだった。
そして、この文面に目が止まったのは皮肉なことに、その後この考え方を身を持って体験し、
4年程月日が流れた昨晩のこと。

聴き馴れてはいるものの、「虫の知らせ」や「風の便り」といった不思議な言葉が今も残るこの国で、
何やら因縁めいた力と、そこに気付くか気付かないかの自身のアンテナを感じずにはいられない夜だった。
いつどこに、どんな形で現れるか予想もつかないヒントやチャンス、そして警告に、
僕らはもっと敏感になっていかなければいけない気がする。

「なんとなく」
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by hisomi-tnp | 2007-01-24 15:08 | 繁栄のムコウ