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冬の葛藤

歳を重ねると丸くなるなんてことを言うけれど、若い頃に感じた社会の矛盾なんかは寧ろ直感の通りだったのかもしれない。只単にそこに慣れてしまって、諦めにも似た虚無感でいつからか何も考えなくなってしまったのだろう。社会に出て最も必要なルールを学校で教わることはなく、そのノウハウを持った一部の人々がそれぞれに夢の城を築いてきた。これぞ「夢城(無情)」である。皮肉なものでこの一部の人々にも罪などはないし、ここを指摘したところで起こる衝突は当然ながら無意味でしかない。どこかで起こる戦争のしくみと似ているのかもしれない。自分も含め皆が欲求に人生を左右され、何かにハマり、何かに依存し、偏り、憤り、笑い、泣きながら生きている。何が正しいのかはこの宇宙を考えてしまえば全く分からないし、どんな考えでもまず用語の定義を確認することからはじまってしまう。正しいとは何か、検索で出てきたことが正しいのか、人に聞いたことが正しいのか、本に書いてあることが正しいのか、俺にも分からない。けれども自ら正しいとはコレだと考えることに意味があり、そこで間違うことも重要な経験となる。これだけスマートフォンやタブレットで見えない波動が飛び交う中でさえ、伝わらないものは伝わらない。1年後、3年後、5年後、自分のありたい姿を想像できなければ、そこへ一歩も近づくことはない。それはこの社会や世界に望むことも同じだろう。エネルギー、食、農、商、医療、薬、動物、環境、暦、人、教育、生と死、世の中に矛盾や依存は尽きない。

けれども情熱は決して消えない。
肉体ではない精神で魂で感じたその情熱は絶対に消えない。
それこそが今、その足を、その背中を、その心を支えているものの正体なのだから。
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by hisomi-tnp | 2013-11-26 10:03 | 時の声(war cry)

ありがとうとか、ごめんなさいとか。

少し前の話だけど桐生のメガドンキ(元長崎屋)の立体駐車場から出るときに大渋滞に見舞われた。
前の方の螺旋状の下り坂で何が起こっているんだろうって段々と気になりはじめて、窓から乗り出して、いよいよ車の外に出ると、つられて連なった車から皆が外に出て顔を見合わせた。

「何かあったんですかね?」

家族連れやカップル、無関心な人から野次馬まで、サファリパークで動物でも見るように通り過ぎていく。暫くすると上って来た対向車の人が窓を開けて、

「なんか車がスリップしちゃって動けなくなってるみたいですよ」

そこにいた数人は困った顔でこちらを見た。いや、そう見えただけかもしれない。別に日頃から人助けを信条にしているわけじゃないけれど、気がついたら

「とりあえず、ちょっと見てきますね」

俺はそう言って螺旋状の下り坂に駆けていった。スケボーで負傷した右肩は地面に足が着く度にズキズキと痛んだ。

坂の途中で一台の黒い車が真横になっている。その周りで男性が二人、女性が一人、車を動かそうとしているが、動く気配は無かった。

「大丈夫ですか?」

声を掛けてもパニックになっているみたいで、こちらに目もくれず、ただ焦りだけが伝わってきた。
とりあえずはこの車が詰まった状況をなんとかしようと思った俺は傷めた右肩に鞭を打つように上ってくる車を止めて、下る車を流して、そして適当に下る車を止めて、上る車を流してを繰り返した。途中一台の四駆から男性が顔を出して俺にこう言った。

「店員さんを呼びましたから、そのうち来ると思います!」

俺は大きく頷いた。ありがたい、そんな人がいて良かったと思いながら只管に車を誘導した。

暫くしてやっと店員が二人やってきた。店員は、

「もう大丈夫ですんで...」

とだけ言って車を誘導し始めた。もう一人はどこかに電話しているようだった。
それから俺も途中に車を止めたままで来たのを思い出して、車に戻ってその場を後にした。

別に俺は人助けを信条としてるわけじゃないから、礼を言われたくてやっているわじゃない。
でも、その時の店員にしても、スリップして慌ててしまった運転手を含めた三人も、
無関係な人様に迷惑をかけている以上、

「ありがとう」とか

「ごめんなさい」とか

忘れちゃいけない。
人の間で生きるのが人間なんだから。
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by hisomi-tnp | 2013-11-13 11:26 | 時の声(war cry)